プロフィール

院長 木暮 裕 循環器専門医 

52歳 出身地: 千葉県千葉市

慶応義塾大学理工学部卒業

山梨医科大学卒業(国立)

元プロボクサー Jrフェザー級

NPO法人政策学校一新塾スタッフ

趣味:サックス演奏

好きな言葉:意志あるところに道は開ける

当院が大切にしていること

 不治の病や慢性的な病気、後遺症のために日常生活を送ることに難しさを感じている人たちの力になりたいと考えています。

 どういう自分たちであるべきなのか?と考えてたどり着いたのは、迅速で適切な医療サービスの提供と患者さんや家族にとって良き理解者であることでした。

 迅速に、そして適切な医療サービスを提供することは、安心、安全につながります。一番大切なことなのですが、マンパワーも限られています。何百人もの患者さんを診る診療所もありますが、医者が一人しかいないので、患者さんの人数を数十人までに制限しています。限られた人数しか対応できないもどかしさはありますが、それが安心・安全のためには必要なことだと考えています。

 また、患者さんと時間をかけて話をすることを大切にしています。

 話を聞けばそれぞれに生きてきた物語があります。私たちはそれぞれの考えを評価するのではなく、ただ受け止めて、一緒に考え、役に立てる存在であることを目指しています。

 訪問診療を通して、人が生きる上で一番大切なものが何なのかを感じ取るようになりました。それは、「一緒に生きてくれる人」なのだと思います。困難に遭遇した時に、自分たちの問題として一緒に生きてくれる人。そういう人間関係が何よりも尊いものだと考えるようになりました。

 私たちは医療者として接しており、家族にはなれません。けれども、いつも患者さんの考えを受け止め、一緒に考えられる存在であることが、一番大切なことだと信じ、そういう存在、関係を築くことが大切にしています。

 

 

 

訪問診療医への道

 困っている人の役に立ちたいと思って医者になりました。急病で苦しがっている人を救える医者に憧れて、循環器内科医になりましたが、専門医として技術の研鑽に励めば励むほど、患者さんとの距離が離れていくことに戸惑いました。次第に自分が望んでいる医療と違うことに気がつき、一般内科医として診療するようになりました。

 

 内科医として診療しながら、患者さんからたくさんのことを教えてもらいました。

 

 ◯納得できないけれど納得しなければならない病気という理不尽さ

◯自分の死を既に受け入れている老人がたくさんいること。

◯自分の死を受け入れられない人もたくさんいること

◯病気しか診ない内科医は患者さんから信頼されないこと

◯医者の理屈で正当な治療をしても、満たされない患者さんがたくさんいること。

◯安らかに最期を迎えることが、幸せなのだということ。

◯苦痛に耐えながら最後まで闘病生活を望む人もいるということ

◯別れを受け入れられない家族の気持ち

◯老いと戦いながら生きるということ。

◯老いを受け入れて生きるということ。

◯愛する人を失った人たちの苦悩。

◯それでも生き続ける人の強さ。

 たくさんのことを学ばせてもらいました。

 

 もっと役に立てる診療とはどんな診療だろう?と考え、患者さんの意思に沿うことが一番大切だと思うようになりました。しかし、よく考えてみると患者さんが事前に病気になったときのことを伝える媒体がありませんでした。

 そこで患者として何を考えておかなければならないのか?自分はどう考えているのか?を事前に文章で明記することを勧め、そのために自助カルテ(www.jijokarute.com)という医療用ノートを作りました。

   そこでは、患者さんのあるべき姿を「主体的患者」として、啓蒙活動しましたが、なかなか思うように進みませんでした。医療が複雑なことも相まって患者さんが事前に自分の意見をもつことの難しさを改めて知りました。患者として主体性をもつことは、自分が考えているよりも遥かに難しいことだったのです。患者としての主体性は、医者とともに紡ぐものだと考えるようになりました。患者さんに寄り添いながら一緒に最善の治療を考えることが自分の使命だと考えるようになりました。

 

 そして、そのフィールドとして在宅医療がより好ましいと考えるようになりました。在宅医療では病気の管理よりも、本人の考えを大切にできるのです。自由な環境の中で患者さんの声を聴き、医療を用いてできるだけその意向に沿うようにしたいと考えています。

 

 医者だけでは到底患者さんを支えることなんてできません。そのためにカナミックネットワークというインターネットのネットワークを活用して、家族やケアマネージャー、看護師、薬剤師に医療情報を開示するとともにそれぞれの人たちが考えていることを共有して患者さん本人を支えるように努力しています。

 

 人を看取ることが多く、辛い仕事ではありますが、看取る度に生きていることの素晴らしさをかえって感じます。死という現実をみつめればみつめるほど命は輝くのです。大切な人を看取るという経験が、残された人たちの糧となると信じています。

 

 まだまだ駆け出しで試行錯誤の連続です。

 一つ一つの事例に対して誠意をもって接することしかできません。それしか出来ないし、それが一番大切なのかもしれないと考えています。