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私が尊敬する人 その1

 ○田○郎さんは、私が八千代市の病院に勤務していたとき以来のつきあいです。

 いつも外来に来ると冗談を交えつつ医者が必要とするであろう自分の身体状況を淀みなく流暢に話してくれる人でした。主に病気の話しかしませんでしたら、頭のよいひとだと関心はしていましたが、それ以上のことは知る術もありません。

 そんな○郎さんの奥さんを3年前から訪問診療で診察をするようになりました。

 奥さんの病名はアルツハイマー型認知症です。時折、なにかにとりつかれたように外に出ようとするようになっていました。もちろん、一旦外に出たら、帰ってこられません。いわゆる徘徊をするようになっていたのでした。鎮静剤を使ってその衝動を和らげて対応することにしていました。しかし、人一人を24時間見張っていることは難しく、流石の○郎さんも、施設に奥さんを任せることにしたのでした。

 施設に入ってからも、訪問診療は続いていました。旦那さんがいないと不安になってしまったり、なぜ自分が施設にいるのかも分からなくなってしまうことも少なくありません。そんなときは、○郎さんは、施設に行って「何かあったらすぐ来るから大丈夫だ」と諭すのでした。しばらくして奥さんが落ち着くと家に帰るという生活が始まりました。奥さんの不安は、徐々に治り、○郎さんがいなくてもあまり騒がなくなりました。しかし、問題はこれだけでは終わりません。トイレの概念がなくなり、自室の居間や他の人の部屋、廊下で用をたすようになってしまったのでした。施設の人も○郎さんの奥さんをずっと見張っておくわけにはいきません。他の人の部屋に入らないように他の人の部屋に鍵をかけたり、ときには○郎さんの奥さんの部屋に鍵をかけることになっていました。

 それを見ていた○郎さんは、施設の限界を感じるようになり、改めて二人だけの生活を選び直し、自宅での介護生活を始めたのでした。徘徊を予防するために家中の鍵を変更していました。特殊な鍵を使わないと家の外にでられないようにしていたのです。

 トイレのタイミングも、一緒にいればわかるものですよと言って、本人がおちつかなくなるとトイレに誘導して排便をさせるようになりました。「どんなときも、自分がいれば大丈夫」、行動を通して奥さんに諭しているように見えました。

 何でそこまでできるんですか?と○郎さんに聞くと、「これも歳をとるということなんだと思います。自分がそばにいてやってやればそれだけの話なんですよ。」と、言って笑うのです。○郎さんも、今では87歳。狭心症やらいろいろな病気をもっているのですが、自分は大丈夫と言って、介護生活をつづけるのです。

 その甲斐あってなのでしょう。奥さんの表情は以前の険しい表情が全くなくなりました。興奮して取り乱すこともありません。本当に安心した人間はこんな表情になるものだと思うような穏やかな笑みを携えるようになったのです。今では、鎮静剤を使うことは全くありません。

 こうして、本来試練として映るはずの生活を自分の生活ととらえて、楽しげに生活を送る○郎さんをみていると、将来、こういう人間になりたいと自然に思えるのです。

 大きな仕事を成し遂げるとか、より多くの患者さんを見るとかそんな考えが自分を占めていましたが、大切なのはこういうことなのだと教えてもらいました。

 本当にありがたい経験です。こうした経験を得られるのも訪問診療の魅力の一つなのでしょう。